
有島武郎に「生まれ出づる悩み」という小説があって、これに因んで今回のタイトルは「誤植によって生まれ出づ」とつけようと思ったのですが、たとえば前
出「生まれ出づる」をパソコンで変換すると「馬霊鶴」となったので、あれ、これは何か変だなと思ったのです。
現代仮名遣を含み、現代国語はいろ
いろと問題を持っているのですが、その中、今回ひっかかったのは送り仮名の問題です。
出ることを「出づ」と表記することは正しいはずなのですが、
現代仮名遣では「出ず」と書くべき、となっています。「出ず」では打ち消しとなってしまい、意味が反対にあってしまうのですが、とにかくそれを正しいこと
と誰かがしました。
戦後の国語国字改革の批判で有名な劇作家福田恆存は、生前歴史的仮名遣と現代仮名遣に関して金田一京助と論争を展開しています。とすると、先ほど出た現代仮名遣を制定した誰か、は金田一京助かもしれません。
今度、その二人の論争を読んでみようと思います。
ともかく、今回はゴキブリのお話。
以下、日経新聞、歌人 小池光さんの『歌の動物記』より引用します。
『歌の動物記』 ゴキブリ
ゴキブリは現存する昆虫では最古参で、3億年も前から風貌容姿ほぼ変わらず、今日に至る。動物界の大先輩である。
人間などせいぜい5百万年、6百万年前からだから新参者もはなはだしい。
その大先輩を見つけ次第に撲滅して平気である。先輩後輩の秩序意識はあくまで人間社会内部のことで、種のレベルに拡張すると一挙に無化するのである。
古くはあくたむし、つのむし、あぶらむし、またゴキカブリという。ゴキカブリは「御器噛」で、御器とは蓋つきお椀のこと。なんでか知らぬが、これによくかぶりついたものらしい。
漢語では「蜚蠊」とむずかしい字を書く。明治十七年『生物学語彙』という先駆的書物が出、ここでゴキカブリのルビがゴキブリと誤植されてしまった。印刷屋のヘマにより、ここにゴキブリが誕生する。以上を要約すると、ゴキブリは3億年前からいるが、明治十七年以前には一匹もいなかった、ということになる。
ふたりなる雨夜のふけに唐突に声あげて妻ごきぶりを追ふ 山本友一
男性と女性で、この動物に対する身構え方は微妙に違う。不衛生のシンボルとなったゴキブリは台所を預かる側にとっては不倶戴天の敵である。どんなにおだやかな妻も、このときばかりは声を荒げて追う。男はぽかんとして眺めるばかり。敵の敵は味方という普遍原理により、内心はむしろゴキブリに肩入れする場合さえ、なきにしもあらず。
たまたまに我に出会ひし他ならぬこのゴキブリは殺されにけり 香川ヒサ
たまたま出会ったばっかりに、たちまち命運ここに尽く。あわれ。ゴキブリの天敵は、人間でなく女性であろう。
さんざ騒ぎ果ててしばらく居残ればゴキブリだらけの穴底の酒場(バー) 島田修三
こういう飲み屋、ときどきある。一人になって足元みれば、黒いチョロチョロがあっちにもこっちにも。うれしいわけではないけれど、この酒場の居心地、男にとって存外悪くない。
云々。というわけで、『歌の動物記』 ゴキブリでした。
生物の大先輩、ゴキブリに敬意を払いつつ、私達は駆除をいたします。
年に一度は
増上寺で供養もいたしております。
ゴキブリ駆除はダスキン木村
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